2022年10月3日
山中ならではの伝統の技で、日々を豊かにする新しい漆器をつくる浅田漆器工芸
漆器の製造・販売を手掛ける有限会社浅田漆器工芸は、山中伝統の木地や漆塗の技を生かした、日々の暮らしで使えるさまざまな商品を提案しています。山中の四季のうつろいを表現した「うつろいカップ」や、ろうそくの炎による煤(すす)の模様が特徴の「SUWARI 叢雲塗(むらくもぬり)」など、いつまでも使いたくなるこだわりの器を展開。職人の技を引き出す商品開発の裏側や、2022年秋にリリースされる新商品についても伺いました。
グッドデザイン賞受賞の「うつろいカップ」ほか、多彩な自社ブランドを展開
木地産地の山中の発展とともに歩んできた、浅田漆器工芸さんの歴史を教えてください。
当社の歴史は、初代の浅田京作が1912(明治45)年に木地師として独立したところから始まりました。3人の息子たちも、京作に師事して木地の技術を習得。高度成長期の需要に対応しながら業容を拡大しました。
1977(昭和52)年に浅田漆器工芸を設立したのは、3代目の現社長・浅田孝です。山中の漆器を全国へ展開しようと、問屋での修業の後、製造から販売まで手掛けるようになりました。1998(平成10)年には工房を新築。1階に「うるしの器あさだ」がオープンし、小売りも行っています。
2013年からは、自社ブランド「asada」を立ち上げ、多彩なオリジナル漆器を展開されていますね。
「asada」は、4代目の現専務・浅田明彦(はるひこ)が中心に立ち上げた洋漆器のブランドです。22歳で入社し、轆轤(ろくろ)から木地塗り、蒔絵まで、漆器の基本を学んだ明彦が、カジュアルに使ってもらえる漆器の開発に着手。パスタやサラダ、ハンバーグなどの洋食にも合う、木目を生かした洋漆器をリリースしました。
「うつろいカップ」シリーズはグッドデザイン賞を受賞したほか、2021年のドバイ万博では日本館の記念品に選ばれました。
山中伝統の轆轤と漆塗をベースに、メタリックな色合いを重ねることで、時流の変化を表しています。じつはこのカップは当初、伝統的な赤・黒・ナチュラルの3色で展開していました。思うように売れずに困っていたとき、取引先の方々の助言もあってメタリック塗装のカップを試作。そこから誕生したのが、春の桜をイメージさせるピンク、夏の海・新緑のグリーン、秋に実る稲穂のゴールド、そして冬の雪空を表現したネイビー(クールブラック)でした。この4色を山中の四季の移ろいになぞらえ、「うつろいカップ」と命名。S・M・Lの3サイズがあり、「マトリョーシカ」のような入れ子式の収納が可能です。
伝統の変わり塗を、現代の感性で仕上げた「SUWARI 叢雲塗」と「yuwaragi」
繊細な美しさのカップ「SUWARI 叢雲塗(むらくもぬり)」シリーズも人気ですね。どのようなきっかけで生まれたのでしょうか?
叢雲塗は、和ろうそくの煤(すす)を利用した変わり塗の技法です。塗った漆が固まる前にろうそくの油煙を当て、雲や炎のゆらぎを思わせる黒い模様をつけるんです。出合ったきっかけは、年に一度行われる、山中漆器の職人が出品する作品展。叢雲塗の職人・清水一人さんの作品を見た時、身体に衝撃が走り、「これが作品で終わるのはもったいない。山中にはすごい漆器があるんだと、多くの人に伝えなければ」という思いが湧いてきました。
完成した「SUWARI 叢雲塗(むらくもぬり)」シリーズは、個性が光る「一期一会」の器。塗ったときの環境でも色が変わりますし、煤の模様が一つひとつ異なります。経年変化で色が明るくなってくるので、「育てる器」として長くご愛用いただけます。
デザインはもちろん、カップの構造にもこだわりました。底が丸く、倒しても木の重さで起き上がり、ゆらゆらと揺れるのが特徴。職人にとっては加工にかなり手がかかる品物ですが、お酒やコーヒーの香りを楽しめるようにするため、あえてこの構造にしています。
2022年9月リリースの和ろうそくスタンド「yuwaragi」についても教えてください。
「yuwaragi」は、叢雲塗をあしらった木製のスタンドに、ガラスの風防をつけた和ろうそくスタンドです。開発の背景には、これまで当社がつくってきたテーブルウェアに加えて、叢雲塗を生かした癒やしの空間を演出する商品をつくりたいという思いがありました。そこで着目したのが、叢雲塗の原点である和ろうそく。近年、瞑想によって心を今の自分に向ける「マインドフルネス」という言葉が知られるようになりましたが、ろうそくの火をぼーっと見つめるひとときもまた、心を整えてくれます。
開発にあたっては、大阪と東京に拠点を置くデザイン会社・セメントプロデュースデザインのほか、七尾市の和ろうそくメーカーや、東京・墨田区のガラス機器メーカー・関根硝子ともタイアップ。炎がより大きく揺らぐようにガラス製の風防をつけ、スタンド部分は山中から望む山々や竹の切り株などをイメージした3種類を用意しました。漆器で心を癒やす、そんな体験をお届けできればと思っています。
職人の技が光る、シンプルで使いやすい山中ならではの漆器を全国へ
ものづくりにあたって大切にしているのは、どんなことでしょうか。
ひとつは、作り手の声をお客さまに届ける工夫を怠らないこと。なぜその形・色にしたのか、ストーリーをきちんとお伝えできるよう努めています。その一環として、インスタグラムなどのSNSも活用。4代目の明彦が自ら投稿を行い、情報発信しています。
シンプルで使いやすい漆器づくりも重視しています。シンプルなデザインは飽きがこないですし、使い勝手も良いですから。そして、新商品をつくるときはまず自分たちが使ってみて、ブラッシュアップしてからリリースしています。良いと思ったものでも、「独りよがり」の商品はお客さまに選んでいただけません。どうしても使いにくいものは、販売しないという決断を下すときもあります。
自社ブランド商品には、山中の産地への思いが込められているように感じます。
石川県内の産地の中でも、輪島塗は全国的な知名度を誇っていますよね。それに少しでも近づけるように、山中塗を有名にしていきたいという思いを持っています。山中には、まだ日の目を浴びていない職人さんがたくさんいます。その技を生かしたこだわりの器を開発していくことで、叢雲塗の清水さんのような優れた職人の名を広めて、そのお弟子さんなど若い職人にも仕事を渡せるようにしていきたいですね。
最後に、デジタル展示会を訪問された皆さんにメッセージをお願いします。
当社の強みは、日々の暮らしになじむ漆器の製造から販売までを、一貫して手掛けている点です。工房併設のショップ「うるしの器あさだ」では、天然漆による絵付け体験を行っているほか、カフェスペースでは自社ブランドのカップでお茶やコーヒーを提供。そうすることで、商品に込めた思いや、実際の利用シーンをお客さまに感じていただけます。それらを通して漆器のファンを増やし、これからも木地だけではない山中塗の魅力を伝えていきたいと思っています。